藤田 俊三(ふじた としぞう、1886年〈明治19年〉- 没年不詳)は東京帝国大学出身の技術者。釜石製鉄所の所長や岩手木炭製鉄の社長などを歴任した。津田塾大学学長を務めた藤田たきは異母妹。 1886年(明治19年)2月6日、判事補を務める藤田菊江の三男としてその赴任先で生まれる。父・菊江は翌年3月に判検事登用試験に合格し、一家は大阪、四日市、名古屋、那覇など赴任先が変わる度に転居した。俊三は1903年(明治36年)に東京の第一高等学校二部へ入学。同窓生には後に旧経済団体連合会の初代会長を務める石川一郎がいる。1906年7月に卒業すると、他の多くの一高生と同じく東京帝国大学に進学し、1909年(明治42年)に採鉱冶金科を卒業。
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