丸居 幹一(まるい かんいち、1917年(大正6年)6月13日 - 2008年(平成20年)5月18日)は、日本の運輸官僚。退官後は新東京国際空港公団理事(1973年9月1日 - 1978年7月29日)やエアーニッポン社長などを歴任した。「成田空港の生みの親」とされる。 兵庫県宍粟郡一宮町(現宍粟市)出身。 1944年(昭和19年)9月東京帝国大学法学部政治学科を卒業、10月に運輸通信省に入省、その後航空局監督課に配属。 航技研監理部長、科学技術庁官房会計課長を経て、1961年(昭和36年)7月15日航空局技術部飛行場課長。 神戸海運局長などを経て、1968年(昭和43年)6月13日、航空局飛行場部長に就任。
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