三浦 大四郎(みうら だいしろう、1928年2月4日 - 2017年6月21日)は、東京都出身の映画館経営者、映画製作者、映画評論家。 東京目黒に山下要、ふゆの四男として生まれる。次兄は誕生時に死去していたため3人兄弟の末っ子として育つ。山下家の四男で、大四郎と命名された。成城高等学校 (旧制)から東京大学経済学部卒業。兄にドイツ文学者の山下肇、ロシア文学者の泉三太郎。 東京大学在学中は学業よりも幼い頃 からの夢であった演劇に情熱を注ぎ、俳優としての活動に勤しんだ。卒業後は船舶会社に就職していたが、1951年、三浦寛子と結婚し、岳父母三浦守(作家・三角寛)よしえ夫妻の養子となり、三角寛経営の映画館、人世坐、文芸坐、文芸地下劇場、弁天坐の経営に携わることとなる。
出典:ウィキペディア「三浦大四郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
