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三

三浦守治

みうら もりはる
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三浦 守治(みうら もりはる、安政4年5月11日〈1857年6月2日〉 - 大正5年〈1916年〉2月2日)は明治・大正期の病理学者。帝国大学医科大学の初代病理学教授、帝国学士院会員などをつとめた。東京帝国大学名誉教授、従二位勲二等瑞宝章受章。 磐城国田村郡御木沢村(現福島県田村郡三春町)に、三春藩士・村田七郎兵衛の次男として生まれ、幼いとき三浦義純の養子となった。 明治2年(1869年)藩校の講文堂に入る。寄宿舎の同期に加藤木重教がいる。明治5年(1872年)東京に出て岡千仭の門に入り漢学を修めた。明治6年(1873年)大学東校に入り、明治14年(1881年)東京大学医学部を首席で卒業し、内科助手となった。

出典:ウィキペディア「三浦守治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋