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保岡勝也

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保岡 勝也(やすおか かつや 1877年(明治10年)1月22日 - 1942年(昭和17年)8月2日)は日本の建築家。三菱の丸の内赤煉瓦オフィス街の設計を行った他、先駆的な住宅設計で知られる。 東京生まれ。1900年(明治33年)、東京帝国大学工科大学建築学科(現・東京大学工学部建築学科)を卒業、工科大学では学長であった辰野金吾に師事した。 岩崎久弥が社長を務める三菱合資会社(現・三菱地所)に入社する。三菱は1889年(明治22年)に、明治政府より丸の内の一括払い下げを受けており、「丸ノ内建築所」を設置、ジョサイア・コンドルによって、1894年(明治27年)、「三菱一号館」が竣工した。保岡は、曽禰達蔵の下で丸の内赤煉瓦街の設計に携わるが、3年で三菱を退社し帝国大学の大学院に入学する(研究テーマは劇場的建築)。

出典:ウィキペディア「保岡勝也」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋