吉田 四郎(よしだ しろう、1910年9月 - 1997年12月18日)は、日本の実業家・技術者。旭硝子株式会社(現・AGC株式会社)で常務取締役を務め、戦後のブラウン管テレビ用ガラスの国産化および量産体制の確立に貢献。日本の高度経済成長を支えた素材産業の技術系経営者の一人である。 鳥取県八頭郡安井宿(現八頭町)に生まれ、鳥取県立鳥取中学校(旧制)、旧制第一高等学校を経て、東京帝国大学工学部応用化学科を卒業。 卒業後、旭硝子株式会社(現・AGC)に入社し、技術者としてガラス製造現場に携わる。1950年代、白黒テレビの急速な普及を背景に、テレビ用ブラウン管ガラス(バルブ)の国産化プロジェクトに参画。
出典:ウィキペディア「吉田四郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
