渡部 慶之進(わたなべ けいのしん、1897年(明治30年)5月2日 - 1976年(昭和51年)2月12日は、大蔵省専売局、台湾総督府専売局、交通局の官僚。戦後に高砂香料工業の取締役会長などを務めた実業家。位階および勲等は従四位・勲三等。 元松江藩士で、小学校教師や郡官吏を務めていた渡部善継の三男として生まれる。父の兄は教育者で県議会議員となった渡部寛一郎。第三高等学校、東京帝国大学卒業後、大正12年、大蔵省専売局に勤務し、高等文官試験に合格している。1925年(大正14年)台湾総督府専売局が優秀な人材を内地に求めていたところ、該当の人材ということで移籍する。このとき専売局長は渡部の移籍話を躊躇するほどであった。
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