岩原 謙三 (いわはら けんぞう、1863年12月1日(文久3年10月21日)- 1936年(昭和11年)7月12日)は、明治から昭和初期の実業家。三井物産時代にヴィッカーズ事件で有罪となるも、その後足利紡績、芝浦製作所社長、日本放送協会会長など多くの重役を務めた。 加賀国大聖寺藩(現在の石川県加賀市大聖寺錦町)の藩士・岩原孝興の長男として誕生。 金沢の石川県啓明学校にて学業を始め、1878年(明治11年)に卒業し大阪に出立して旧制大阪英語学校を経て東京の旧制東京商船学校を卒業。 1883年(明治16年)東京商船学校を卒業すると共同運輸会社(現在の日本郵船)へ入社。その後、三井物産(旧社)に転職する。
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