有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
山

山本安曇

やまもと あずみ
Wiki ↗

山本 安曇(やまもと あずみ、1885年 - 1945年3月4日)は日本の鋳金美術家、本名は山本 菊一。 長野県南安曇郡有明村(現・安曇野市)に生まれる。旧制京北中学卒業後、郷里の小学校で教鞭をとり、研成義塾で井口喜源治の薫陶を受け、明治40年(1907年)東京美術学校(現東京藝術大学)鋳金科に入学。成績優秀で香取秀真の信望を受け、また在学中から同郷の荻原守衛(碌山)と親交を深め、その作品の鋳造に着手する。同45年(1912年)卒業。大正2年(1913年)青壺会、同7年(1918年)金人会、同13年(1924年)光爐会、同14年(1925年)工芸済々会などの結成に参加した。 昭和2年(1927年)第8回帝国美術院展(帝展)に出品した「三光(朧銀燭台)」で初入選し、同7年(1932年)帝展に「盤(果物盛器)」を出品し、審査員となる。

出典:ウィキペディア「山本安曇」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋