多田 北烏(ただ ほくう、1889年〈明治22年〉4月3日 - 1948年〈昭和23年〉1月1日)は、日本の商業美術家。本名は多田 嘉寿計(かすけ)。大正から昭和初期にかけてポスターや雑誌のデザインを多数手がけ、日本のポスターデザインの先駆者と言われる。 長野県松本市北深志出身。多田庄野の長男として生まれる。江戸時代に信濃国安曇郡で発生した貞享騒動の義民多田加助の子孫にあたる。13歳で上京し、日本画家の大和雲陽に師事、旧制東京高等工業学校図案科選科修了、川端画学校に学び、凸版印刷図案部を経て、東京図案研究所長等を歴任した。大正11年(1922年)に、日本初のデザイン制作会社である実用美術研究所サン・スタジオを創設し、商業美術の向上と後進の指導に努力した。
出典:ウィキペディア「多田北烏」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
