栗田 健男(くりた たけお、1889年〈明治22年〉4月28日 - 1977年〈昭和52年〉12月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。海軍兵学校38期卒業。 1889年4月28日、茨城県水戸市で父・栗田勤の次男として生まれる。父は漢学者であり、大日本史編集員も務めた。祖父は東京帝大教授の文学博士栗田寛(藤田東湖、会沢正志斎の弟子)。水戸藩士の家系であり、祖先は清和源氏に連なるというが、元禄時代に水戸に移り油屋を生業とした。父の訓育は水戸の気風を反映し無骨と不言実行をモットーとしたという。青年時代の栗田は学問は出来、頑張りやその上に高い人格を持っていた。 旧制水戸中学校(現在の茨城県立水戸第一高等学校)を経て、1910年7月18日、海軍兵学校を38期生として149名中28番の成績で卒業。
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