李 宣威(り せんい、1883年 – 没年不明)は、清末民初の官僚。字は律閑、律閣、津閣。王克敏の側近的存在で、北京政府と中華民国臨時政府で王を補佐した。 清末に日本へ留学し、1907年(光緒33年・明治40年)7月に東京高等工業学校電気科選科を修了・卒業した。帰国後は郵伝部員外郎をつとめている。 中華民国成立後の李宣威は、北京政府の財政部で秘書などを歴任したと見られる。1923年(民国12年)4月21日、全国財政討論委員会委員に任命され、11月23日には塩務署秘書をつとめた。なお、財政総長から失脚した王克敏が馮玉祥に逮捕されそうになった際に、身一つで逃げる王を李が救援し、日本大使館の庇護を受けられるようにしたとされる。
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