曺 晩植(チョ・マンシク、そう・ばんしょく、1883年2月1日 - 1950年10月18日)は、朝鮮の独立運動家、教育者、政治家である。雅号は古堂(コダン、고당)。日本へ留学し明治大学法学部を卒業している。 平安南道江西郡に生まれ、1905年に平壌のミッション系スクールである崇実学校に入学し、在学中にキリスト教に入信した。 1908年に崇実学校を卒業した後は、日本へ留学し、1910年まで正則英語学校において英語を学び、1911年には明治大学法学部へ進学した。その際、インドのマハトマ・ガンディーが主唱した「非暴力・不服従」に関する論文に共感、これが後の独立運動における思想の礎となり、「朝鮮のガンジー」と呼ばれる所以となった。
出典:ウィキペディア「曺晩植」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
