井植 敏(いうえ さとし、1932年(昭和7年)2月28日 - )は、日本の実業家。 三洋電機元社長。三洋電機創業者の井植歳男の長男。 兵庫県出身(東京芝生まれ)。 1956年同志社大学工学部電気学科卒業後、三洋電機入社。1959年に東京三洋電機の設立とともに転籍し、27歳で取締役に就任する。1961年に三洋電機の取締役となり、常務、専務を経て1985年に副社長となる。 1986年、三洋電機の石油ファンヒーターにより、一酸化炭素中毒で4人が死亡するという事件が起きた。叔父で社長の井植薫は、自身を責め立て、遂にはノイローゼになり、株主総会の議事進行中に昏倒してしまう。急遽、副社長の敏が議事を務め、どうにか乗り切った。
出典:ウィキペディア「井植敏」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
