浮田 和民(うきた かずたみ、安政6年12月28日(新暦1860年1月20日) - 昭和21年(1946年)10月28日)は、日本の思想家・政治学者。法学博士、早稲田大学高等師範部長。同志社英学校最初の卒業生。熊本バンドの一人。 軍人の石光真清、石光真臣兄弟は従兄弟にあたる。和民の母は漢学者・栃原知定(東皐)の姉、先妻・末、後妻・五女は共に下村孝太郎の妹である。長女・操は原安三郎の妻、次女・恵美子の子は若林貴世志、三女・東子の子は浮田克躬。弟の浮田真郷は陸軍三等主計で、その子で外交官の浮田郷次、陸軍大佐の浮田家雄、海軍中将の浮田秀彦は甥。 熊本藩の下級武士の三男として生まれる。幼名は栗田亀雄。11歳の時に浮田姓を名乗る。
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