張 東蓀(ちょう とうそん)は、中華民国・中華人民共和国の政治家・ジャーナリスト・哲学者。清末は立憲派として活動し、中華民国ではジャーナリストや唯心論哲学者として活動した。旧名は万田。字は聖心。 清末に日本へ留学し、東京帝国大学、私立哲学館(後の東洋大学)で学ぶ。留学中に張君勱と知り合った。また、梁啓超ら立憲派の立場をとっている。しかし辛亥革命勃発とともに帰国すると、革命派の孫文(孫中山)の下で臨時大総統府秘書に任ぜられた。 孫文の臨時大総統辞任後に、張東蓀は言論界に転じ、上海『大共和報』、雑誌『庸言』、雑誌『正誼』において主筆を歴任し、さらに『時事新報』では総編輯を務める。また、上海中国公学で大学部部長兼教授にもなった。
出典:ウィキペディア「張東蓀」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
