楢崎 平太郎(ならさき へいたろう、1871年 - 1931年)は広島県出身の実業家。北海道の室蘭を拠点に事業を起こし、北海道鉱業鉄道や後のナラサキ産業を創業した。 広島県平民、楢崎九郎と妻リンの長男として1871年(明治4年5月5日)に同県芦品郡駅家村大字中島で生まれる。生家は庄屋を務める傍ら農業を営んでおり、1880年(明治13年)に区町村会法が制定されると父は村長に推選された。平太郎はその後上京し、菊池武夫の事務所で働きながら日本法律学校で学ぶ。1894年(明治27年)7月に同校を卒業。一時期は郷里で教職に就いていたが、1898年(明治31年)に北海道へ渡ると北海道炭礦鉄道に入社して室蘭売炭所で働いた。
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