尾崎 加寿夫(おざき かずお、1960年(昭和35年)3月7日 - )は、東京都出身の元サッカー選手、サッカー解説者。ポジションはフォワード。奥寺康彦に次いで日本人として2人目のサッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)でプレーした選手となった。 日本大学高校では3年次の1977年に全国高校サッカーに出場し、卒業後の1978年に三菱重工へ入社。1979年10月には三菱の4年ぶりのJSL制覇に貢献し、アシスト王と日本年間最優秀選手賞を受賞。この頃のメディア等では「若大将」と表現される事もしばしばあった。 1983年6月には1984年のロス五輪出場に向けて重要なトレーニングとなるジャパンカップ'83を体調不良を理由に欠場するが、この期間に無断で渡独しアルミニア・ビーレフェルトの練習に参加していた事が発覚すると、選手規定に抵触するとして大問題に発展した。
出典:ウィキペディア「尾崎加寿夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
