奥田 富子(おくだ とみこ、1896年〈明治29年〉 - 1985年〈昭和60年〉)は、日本の科学者。母校である日本女子大学の教授として、女子教育と学問的発展に尽くした。また、戦後の混乱期の日本で省エネルギーを訴えると共に、家庭婦人への理学の啓蒙に尽力した。 1896年、島根県で誕生した。帝国女子専門学校附属高等女学校を経て、日本女子大学校教育学部家政科一部を1917年(大正6年)に卒業。2年後の1919年(大正8年)に、同校の物理学教室の助手となった。 終戦直後の1946年(昭和21年)、GHQの教員適格検査により教授として認められ、1948年(昭和23年)に新制の日本女子大学が発足後、1965年で退職するまで、物理学や燃料学の実験を担当した。
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