鈴木 信治(すずき しんじ、1896年 - 1981年)は、福島県出身の会社経営者。 福島県安達郡玉井村で1896年(明治29年)7月21日に鈴木直蔵の二男として生まれる。1920年に東京高等商業学校を卒業し、同年に横浜正金銀行に入行。漢口、ニューヨーク、上海、カルカッタの各支店勤務などを経て、大阪と神戸支店で副支配人、営口とハルピン支店で支配人を務めた。1960年2月、日本IBMの社長に、1962年10月には同社会長に就任。 1981年(昭和56年)6月20日心筋梗塞のために死去。84歳没。妻の満壽子は東京ポートサービス協会初代理事長を務めた荒川敬の長女。長男の謙一(1931年生)は日本興業銀行に勤め、その妻・秀子はIMF理事を務めた湯本武雄(湯本武比古の長男)の二女。
出典:ウィキペディア「鈴木信治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
