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山崎一保

やまざき かずやす
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山崎 一保(やまざき かずやす、1882年(明治15年)5月 - 1944年(昭和19年)3月21日)は、日本の実業家。東洋綿花代表取締役会長や、輸出綿糸布同業会会長を務めた。 京都府出身。1904年東京高等商業学校(現一橋大学)卒業、三井物産入社。1914年同社大阪支店綿花部副部長。1920年に綿花部が東洋綿花として独立すると、同社常務取締役に就任。児玉一造を補佐し、1930年には児玉の後任として専務取締役に就任。同年に児玉が死去すると1934年からは後任として代表取締役会長を務め、輸出綿糸布同業会会長も兼務し、日蘭会商への対応にあたるなどした。 妻幸は、在ベルギー一等書記官や外務大臣官房翻訳課長等を務めた竹村本五郎の二女。

出典:ウィキペディア「山崎一保」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋