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脇

脇坂貞夫

わきざか さだお
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脇坂 貞夫(わきざか さだお、1916年 - 1945年4月19日)は、日本のフィールドホッケー選手。 滋賀県出身。東京商科大学(現在の一橋大学)在学中、1936年ベルリンオリンピックでホッケー競技に出場した。ポジションは右ウイング。 1939年に大学を卒業すると、満洲中央銀行に入行。まもなく日本帝国陸軍に召集され、第16師団(京都)に配属。 1944年4月、フィリピンのサマール島ネニタ (ceb:Nenita (lungsod sa Pilipinas)) 付近で死去(当時、歩兵第9連隊所属の陸軍大尉)。脇坂は病死であったとみられ、戦後に各種組織で行われた「戦没オリンピアン」の調査では、「戦没」の定義(あるいは「戦死」「戦病死」「病死」の定義)をめぐって、脇坂の名が挙げられている場合と挙げられていない場合がある。

出典:ウィキペディア「脇坂貞夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋