石黒 昇(いしぐろ のぼる、1932年8月2日 - 2021年2月11日)は、日本の競歩の選手である。 元々は長距離走の選手であったが、法政大学在学時に結核を患い、断念。数年後に退院し、健康維持のために独学で競歩を始める。 32歳で、1964年東京オリンピックの男子20キロメートル競歩に出場。1時間39分40秒0で23位だった。旧郵政省東京貯金局(現ゆうちょ銀行貯金事務センター)に勤務していたが、競歩自体が当時社会的に認知されていなかったので、大会出場中の欠勤を理由に解雇されていた。その後、埼玉県庁に勤務する傍ら、日本陸上競技連盟で審判や強化の委員などを務めた。また、「日本競歩を強くする会」の副会長になり、年2回の合宿開催や強化費集めに奔走した。
出典:ウィキペディア「石黒昇 (陸上選手)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
