井染 四郎(いぞめ しろう、1907年3月8日 - 1943年6月23日)は、日本の俳優である。本名は齋藤 四郎(さいとう しろう)。伊染 四郎と表記に揺れがある。日活太秦撮影所、日活多摩川撮影所などで活躍した二枚目俳優の一人である。 1907年(明治40年)3月8日、東京府東京市日本橋区久松町(現在の東京都中央区日本橋久松町)に生まれる。 旧制獨逸学協会中学校(現在の獨協高等学校)を経て法政大学文科に進学するが、中退。大学在学中、築地小劇場のエキストラに応募するも落選してしまい、結局は自動車会社に勤務する、とされている。1934年(昭和9年)に発行された『日本映画俳優名鑑 昭和九年版』(映画世界社)等によれば、築地小劇場に加入して初舞台を踏むが、僅か1年余りで退いてしまい、自動車会社を3ヶ月勤務した後、失業生活を半年ほど過ごしたという旨が記されている。
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