春日 俊文(かすが としふみ、1873年(明治6年)4月20日 - 1937年(昭和12年)6月9日)は、日本の政治家。衆議院議員(立憲政友会)(2期)。 長野県埴科郡屋代町(現千曲市)に生まれる。1895年(明治28年)に和仏法律学校(現・法政大学)を卒業する。1900年(明治33年)中国に留学し、1903年(明治36年)からアメリカに留学する。1906年(明治39年)帰国。 1920年(大正9年)の第14回衆議院議員総選挙、1936年(昭和11年)の第19回衆議院議員総選挙に当選する。また、東亜耐火工業の専務取締役などを務めた。1937年(昭和12年)6月9日に死去。 鉄道大臣などを務めた小川平吉の側近で、いわゆる五私鉄疑獄事件によって小川とともに逮捕。
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