上林 敬次郎(かんばやし けいじろう、1867年10月(慶応3年9月) - 没年不詳)は戦前の日本の大蔵・朝鮮総督府官僚。李王職次官、咸鏡北道知事、忠清南道長官。 京都府に生まれる。上林松寿の二男として生まれ、上林繁の養子となる。1886年(明治19年)に東京法学校(現:法政大学)を卒業し、同校が発行する雑誌の編集人などを務める。1894年(明治27年)、第1回文官高等試験に首席で合格し、法制局に配属され、のち大蔵省に移り大蔵省試補となる。以後、司税官、秋田税務管理局長、松江税務管理局長、松江税務監督局長、金沢税務監督局長、醸造試験所事務官、大蔵省臨時建築部事務官などを歴任した。 1910年(明治43年)に朝鮮総督府専売局長、1916年(大正5年)に忠清南道長官、1918年(大正7年)に咸鏡北道知事を経て、1921年(大正10年)に李王職次官に就任する。
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