丁 仏言(てい ふつげん、1878年 〈光緒4年〉 - 1930年〈民国19年〉12月1日)は中華民国の政治家・書家・詩人・ジャーナリスト。仏言は字で、名は世嶧。号は邁純。 清の廩貢生。日本に留学し、1907年(光緒33年/明治40年)6月、法政大学法政速成科第四班を卒業した。帰国後はドイツの山東鉱山区占領に反対するため、保鉱会という組織を結成している。後に山東法政学堂教習(教官)となった。1910年(宣統2年)、山東咨議局議員に当選したが、翌年辞職する。武昌起義が勃発すると、革命派に与して山東省の独立を図った。 1912年(民国元年)、北京で臨時参議院議員に当選し、さらに『亜細亜日報』主筆もつとめた。
出典:ウィキペディア「丁仏言」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
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