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由

由田浩

よしだ ひろし
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由田 浩(よしだ ひろし、1913年2月23日 - 1977年10月3日)は日本の教育者。由田学園理事長、横浜事件の関係者。 富山県礪波郡長源寺に生まれる。法政大学法文学部法律学科を卒業し、古河電気工業に入社する。そのかたわら1940年4月に昭和塾に入り、1941年3月に卒業する(同期に浅石晴世、板井庄作、黒木利克、武田満作、武田豊、学生組には永末英一ら総勢59名)。同年11月に昭和塾が解散したのを機に、12月に高木健次郎、浅石晴世、板井庄作らの昭和塾関係者とともに研究会の再編成を考え、細川嘉六にその研究会プログラムを相談する。 1941年10月、昭和塾友以外の知人らとともに「政治経済研究会」グループを発足させ、そのメンバーとして研究活動に携わる。

出典:ウィキペディア「由田浩」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋