平井 英子(ひらい ひでこ、1918年1月13日 - 2021年2月21日)は、大正末期から昭和初期にかけて童謡のジャンルで活躍した日本の歌手である。出生名は林 秀(はやし ひで)、結婚後の姓名は鈴木 英子(すずき ひでこ)あるいは鈴木 英(すずき ひで)、旧姓は平井。 東京府東京市四谷区(現:東京都新宿区)塩町出身。7歳で幸田露伴の妹幸田延子に師事しピアノを学ぶ。その頃、作曲家の中山晋平の門下生となり、1928年(昭和3年)、ニッポノホン(日本コロムビアの前身)から童謡歌手としてデビューする。日本ビクター(現在のJVCケンウッド)の創立と同時に専属の童謡歌手となる。 野口雨情・中山晋平のコンビによって作曲・作詞された童謡を主に歌っていたが、佐々紅華が作詞・作曲した楽曲も歌い、本人談によると、一番「かわいがって頂いた」のは紅華だという。
出典:ウィキペディア「平井英子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
