李 相喆(イ・サンチョル、朝鮮語: 이상철、1893年2月26日 - 1979年11月27日)は、大韓民国の政治家。 本貫は慶州李氏。号は石雲(ソグン、석운)。 1893年、忠清道青陽(現忠清南道青陽郡)出身。日本の明治大学法学部を卒業し、日本統治時代に東亜日報・朝鮮日報・毎日新報の社会部・政治部で記者として働いた。 解放後は政界に転じ、1950年の第2代総選挙で無所属候補として青陽郡選挙区から出馬し当選。1957年、民主党の中央委員会副委員長となり、1960年の第5代総選挙で青陽郡・洪城郡選挙区から出馬し当選。逓信部長官、内務部長官を歴任した。1963年の第6代総選挙では国民の党公認で青陽郡・洪城郡選挙区から出馬し当選。
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