石川 甚作(いしかわ じんさく、文久3年5月20日(1863年7月5日) - 大正8年(1919年)1月28日)は、日本の衆議院議員。弁護士。 下野国都賀郡、のちの栃木県下都賀郡赤津村(都賀村、都賀町を経て現在の栃木市)出身。1888年(明治21年)、明治法律学校(現在の明治大学)を卒業。弁護士となり、東京市会議員に選出された。 1912年(明治45年)第11回衆議院議員総選挙に出馬し当選を果たした。 その他、日本点灯株式会社取締役、東京湾汽船株式会社監査役、日本電線株式会社監査役、明正印刷株式会社監査役、渡辺倉庫株式会社監査役、東京消毒洗濯株式会社監査役、二十七銀行監査役、旭日生命保険株式会社監査役、駿豆電気鉄道株式会社監査役などを務めた。
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