岩崎 万次郎(いわさき まんじろう、1852年(嘉永5年)7月 - 1911年(明治44年)8月2日)は、日本の明治期の政治家。衆議院議員として当選2回。自由民権家として知られる。 1852年(嘉永5年)、下野国(現・栃木県)南部の農家に生まれる。若くして地元野木宿の名主や佐川野村戸長を務めたのちに明治法律学校で法を学ぶ。 1881年(明治14年)自由民権運動に惹かれ自由党に入党したが、運動の激化に伴って加波山事件に関わり、また大阪事件でも嫌疑をかけられて都度数か月収監された。1884年には栃木県会議員に当選し、以降4期務めている。1887年(明治20年)には保安条例により東京から退去を命ぜられた。
出典:ウィキペディア「岩崎万次郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
