宇土 照蔵(うど てるぞう、1883年(明治16年)1月 - 1912年(明治45年)7月15日)は、日本の大陸浪人である。 大分県宇佐郡豊川村(現在の宇佐市)に生まれる。明治大学卒業後、朝鮮人の行動を調査するため李氏朝鮮(のち大韓帝国)に渡る。1910年の韓国併合後、清国に移住。 その後は同地で活動していた川島浪速らとともに満蒙独立運動や満洲に亡命していた朝鮮人の行動等に携わった。しかし、この頃奉天省の海龍(現在の遼寧省朝陽市龍城区)付近にて中国軍からの砲撃により死去した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
出典:ウィキペディア「宇土照蔵」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
