守屋 義之(もりや よしゆき、1867年7月18日〈慶応3年6月17日〉 - 1938年〈昭和13年〉1月20日)は、日本の実業家。広島電気、島根電力各社長。広電証券、太田川水力電気各代表取締役。瀬戸内海横断電力取締役。電気協会中国支部長。広島商工会議所会頭。中国財界の有力者であった。 広島県安芸郡府中村(現・府中町)生まれ。守屋棟蔵の長男。生家は土地の旧家・素封家として知られたが、父・棟蔵に至り家産はほとんど尽きた。 7歳の時に小学校に入学した。それから11歳の1月までは通学していたが、3月には卒業も出来るという際どい時に祖父・貞次の死亡によって急に農事を手伝わねばならぬ事となり、小学校を中途退学した。
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