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呂

呂宜文

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呂 宜文(りょ ぎぶん/ろ ぎぶん)は、満州国の外交官・官僚・政治家、中華民国のジャーナリスト・軍人。 金州南金書院、大連工業学校を経て日本に留学し、明治大学専門部政治経済科を卒業した。帰国後は亜細亜製粉会社に入社し、続いて吉林省で山城鎮電燈公司経理となる。その後、旅順を拠点とする月刊紙『順律報』の創刊に関わり、編集長を務めた。1920年代末に大連へ移り、『泰東日報』編集長の傅立魚から勧誘されて同紙編集者となる。しかし、執筆した記事が原因で日本当局に弾圧され、呂は奉天へ逃れた。 まもなく呂宜文は張学良配下となり、東北軍航空司令部教官として起用された。1931年(民国20年)に満洲事変が勃発すると、張学良とは不仲の従弟・張学成に呂は随従し、満洲国樹立工作に関わるようになった。

出典:ウィキペディア「呂宜文」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋