若原 観瑞(觀瑞、わかはら かんずい、1858年(安政5年8月) - 1937年(昭和12年)12月24日)は、日本の僧・政治家。衆議院議員(1期)。 伯耆国河村郡(のち鳥取県東伯郡長瀬村→羽合町、現・湯梨浜町)生まれ。漢学、政治経済学を学び、本派本願寺大教校(現・龍谷大学)で仏教学を学ぶ。宗規により僧籍に入り、仏教連合会組織のため力を尽くした。 1890年の第1回衆議院議員総選挙において鳥取2区から保守党所属で立候補するが落選した。1892年の第2回衆議院議員総選挙で独立倶楽部から立候補して当選した。1894年3月の第3回衆議院議員総選挙では国民協会から立候補して落選した。同年9月の第4回衆議院議員総選挙では保守党から立候補して落選した。
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