赤木 格堂(あかき かくどう、1879年(明治12年)7月27日 - 1948年(昭和23年)12月1日)は、衆議院議員。ジャーナリスト。俳人。本名は亀一。 岡山県児島郡小串村(現在の岡山市南区)出身。東京専門学校(現在の早稲田大学)に在学中、正岡子規に俳句を師事し、『日本附録週報』の代選を任せられた。1902年(明治35年)に卒業した後は、『九州日報』の主筆を務めた。その後、フランスに3年間留学し、植民政策学を専攻した。さらに雑誌『青年日本』を経営し、『国民新聞』『大阪朝日新聞』に寄稿した。 1917年(大正6年)、衆議院議員補欠選挙に立候補し、当選を果たした。 その後、『山陽新報』主筆に就任し、小串村長も務めた。
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