石幡 忠雄(いしはた ただお、1941年10月6日 - )は、栃木県出身のスピードスケート選手で現在は指導者。1968年グルノーブルオリンピックスピードスケート日本代表。早稲田大学卒業。 早稲田大学卒業後の1964年に三協精機製作所(現日本電産サンキョー)スケート部に入部。全日本スピードスケート選手権大会では4度の優勝を誇った。1968年には1500mと5000mの日本代表としてグルノーブルオリンピックに出場。 1969年に長野県軽井沢で行われた全日本スピードスケート選手権では、1500m、5000m、10000mの三種目で優勝。10000mの16分6秒5は当時の日本新記録。 引退後の1972年より三協精機スケート部監督に就任し、多くの選手を育てた。
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