河野 光次(こうの みつじ、1882年 - 1958年6月1日)は、日本の事業家、尾崎行雄の義理の娘婿である。 河野一三の兄で、河野一英と河野典男の伯父にあたる。 1882年、広島県沼田郡緑井村(現在の広島市安佐南区緑井付近)出身。東京府荏原郡馬込村(現在の東京都大田区南馬込)に移り、早稲田大学に入学し尾崎行雄の書生および秘書となった。1904年8月、朝鮮へ渡航し、土地開発事業に携わったが失敗に終わった。 1909年に帰国し、1910年に尾崎行雄の養女・多満と結婚した。その後、田園都市株式会社に関与し、東急グループの基盤形成に寄与した。 1919年9月にはアメリカへ渡航し、ニューヨークやワシントンなどを視察した。
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