千葉 胤次(ちば たねつぐ、1894年(明治27年)1月2日 - 1959年(昭和34年)7月6日)は、昭和時代前期の政治家、弓道家。東京市目黒区長、品川区長、下谷区長、麹町区長。号は宏斉。 千葉晋作の二男として宮城県栗原郡高清水町(現在の栗原市)に生まれる。早稲田大学商科を卒業し、東京市電気局工場長、秘書係長、秘書労働工場各課長を経て、1932年(昭和7年)10月、目黒区長に就任し、1936年(昭和11年)10月、品川区長に転じた。ついで1937年(昭和12年)12月、下谷区長となり、1940年(昭和15年)8月まで務め、同年12月、東京市会事務局長に就任した。ほか、大政翼賛会局長などを務めた。
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