杜 運宇(と うんう、1905年 – 1960年10月27日)は、中華民国・蒙古聯合自治政府(蒙古自治邦)の官僚。旧名は維俊。 1922年(民国11年)に京師公立第一中学を、1924年(民国13年)に上海滬江大学予科を、それぞれ卒業している。1926年(民国15年/大正15年)4月、日本へ留学して早稲田大学専門部政治経済学科に入学し、1929年(民国18年/昭和4年)に卒業した。 帰国後は山東省で任官し、交渉署日本科長、硝鉱総局総務科長、県長訓練班教授、第一県長考試委員会委員を歴任している。1934年(民国23年)、『済南日報』社主筆に転じた。1936年(民国25年)、察哈爾省(チャハル省)政府(主席:劉汝明)財政庁秘書となり、翌1937年(民国26年)、財政庁長兼財政委員会委員に昇進している。
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