中川 寛治(なかがわ かんじ、1897年(明治30年)3月11日 - 1984年(昭和59年)11月29日)は、大正から昭和期の実業家、政治家。衆議院議員、富山県下新川郡泊町長。 富山県下新川郡泊町(現朝日町)で、綿商人・中川屋、中川彦吉の長男として生まれる。1909年(明治42年)家督を相続した。1919年(大正8年)早稲田大学政治経済科を卒業した。三菱海上保険会社に入社したが、1926年(大正15年)に退職して帰郷し農業を営む。 また、黒東銀行取締役、泊銀行取締役、泊通運取締役、泊郵便局長などを務めた。1939年(昭和14年)9月、立憲民政党公認で富山県会議員に選出され、1期約3年間在任し、同副議長も務めた。
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