有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
原

原口竹次郎

はらぐち たけじろう
Wiki ↗

原口 竹次郎(はらぐち たけじろう、1882年(明治15年)2月28日 - 1951年(昭和26年)2月16日)は、日本の東南アジア研究者。 佐賀県小城郡(現在の小城市)生まれ。1902年(明治35年)早稲田大学大学部文学科に入学。1905年の卒業時には総代として答辞を読んだ。1907年にアメリカに留学、同地で心理学者の新井鶴子と結婚した(1915年に死別)。帰国後は母校早大の教授となるも1917年(大正6年)に起きた早稲田騒動で天野為之学長派として活動したことが原因で早大から放逐された。その後は台湾やオランダ領東インドで活動、戦後はオランダ大使館顧問となった。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。

出典:ウィキペディア「原口竹次郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋