宮田 毬栄(みやた まりえ、1936年11月5日 - )は、日本の編集者、文芸エッセイスト。旧姓、大木。詩人の大木惇夫の次女。北九州市立松本清張記念館館長・藤井康栄(元・文藝春秋社編集委員)は姉、俳人の大木あまりは妹。日本ペンクラブ会員。 東京府出身。馬込や荏原中延で育つ。高校時代からフランスの市民革命に関心があった宮田は早稲田大学文学部仏文科に進学した。 『週刊コウロン』を創刊するため人員が必要だった中央公論社は新聞に募集の広告を出した。宮田は試験を受け、合格した。11人が採用され、女性は宮田だけだった。このときの保証人は父の友人の金子光晴だった。1959年に早稲田大学を卒業し、中央公論社に入社した。
出典:ウィキペディア「宮田毬栄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
