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山

山口尚章

やまぐち なおあき
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山口 尚章(やまぐち なおあき、1886年(明治19年)5月6日 - 1952年(昭和27年)4月2日)は、内務官僚。長崎県大村市長。旧姓・冨永。 長崎県東彼杵郡千綿村瀬戸郷(現東彼杵町瀬戸郷)で、冨永新作の長男として生まれる。1895年(明治28年)3月1日、母の実家、彼杵村坂本郷俵坂の山口家の養子となる。長崎県立長崎中学校を経て、1905年(明治38年)第一高等学校に入学したが病のため退学。その後静養して、1911年(明治44年)早稲田大学政治科を卒業。1913年(大正2年)に高等文官試験に合格した。愛媛県属、西宇和郡長、愛媛県理事官、福島県理事官、佐賀県理事官、岩手県警察部長、鳥取県内務部長、滋賀県内務部長、鹿児島県警察部長、沖縄県内務部長、福井県内務部長、同総務部長を歴任し、1936年(昭和11年)に退官した。

出典:ウィキペディア「山口尚章」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋