柳 珍山(ユ・ジンサン、朝: 유진산、1905年10月18日 - 1974年4月28日)は、朝鮮の独立運動家であり第一共和国~第四共和国前半にかけて活躍した韓国の政治家である。本貫は文化柳氏(朝鮮語版)。珍山という名は、彼の故郷である忠清南道錦山郡珍山面(朝鮮語版)玉渓里から取られた字で、本名は柳永弼(ユ・ヨンピル、유영필)。号は玉溪(オッケ、옥계)。 息子の柳漢烈も政治家で国会議員を歴任した(民主韓国党→民主自由党→ハンナラ党)。また、元国会議員の成楽絃は姪の夫である。 解放直後における青年運動をきっかけに政界入りし、第一共和国から第四共和国時代における保守野党(民主国民党、民主党、民政党、民衆党、新民党)において要職を歴任した。
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