吉村 平吉(よしむら へいきち、1920年8月3日 - 2005年3月1日)は、東京都出身の日本の作家。 東京市赤坂に生まれる。父は書画骨董商で、平吉は長男だった。小学生時代から父に芸者の置屋に連れられたという。旧制中学3年生の時、榎本健一が所属していた劇団「ピエル・ブリヤント」のレビューに熱中して浅草に通い詰めた。ついには自作のレビュー台本を持ち込み、早稲田大学専門部政治経済科在学中には、文芸部見習いとなることを許される。 しかし、徴兵されて内モンゴルの包頭で兵役に就いた。1945年12月に復員。帰国後は「空気座」という劇団(左卜全・有島一郎らが参加)の代表となるが、資金不足により1年ほどで解散し、以後は上野駅や新橋駅界隈で娼婦を斡旋する「ポン引き」を稼業とした。
出典:ウィキペディア「吉村平吉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
