宮川 哲夫(みやかわ てつお、1922年2月7日 - 1974年9月30日)は、昭和期の歌謡曲作詞家。伊豆大島、大島町波浮港出身。 1922年(大正11年)、東京府大島町波浮港4番地、父・宮沢源之助と母・登代の間に生まれる。自宅以外に別荘を2軒持つ程の大きな網元「宮鉄」の長男であった。当時の波浮港は、沖に日本有数の漁場「大室出し」を抱え、全国から漁船が集まり、「銚子か、波浮か?」と歌われるほど、漁港町として繁栄していた。祖父が演劇が好きで、伊豆の踊り子一座に、別宅を貸し与えていた。 1927年(昭和2年)、5歳のとき、野口雨情作詞、中山晋平作曲の「波浮の港」がビクターから発売され、全国を風靡した。
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