安孫子 石太郎(あびこ いしたろう、生年不明 - 1906年〈明治39年〉)は、日本の商人(柏屋、荒物小間物商並びに蝋燭製造)、政治家。新潟県北蒲原郡水原町長。名は石、字は頑夫、通称は石太郎、号は城南。 新潟県北蒲原郡水原町(現・阿賀野市)の人で、安孫子貽堂の孫。諏訪山の大野耻堂塾に学ぶ。更に東京へ出て安井息軒に就いて2年学んで帰郷する。後に再び上京し、大野楳華に、次いで中村敬宇の同人社に投じ2年留まる。 両親が高齢のため遂に郷里の営業に戻ることとなり、推されて町長となり、又郵便局長となる。 安孫子家は水原の安孫子氏の一族に相違ないが、何処から分かれた家かはっきりしない。蝋燭を製し紙を売って生業とし、傍ら質屋を営んだ。
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