黒須 竜太郎(くろす りゅうたろう、慶応4年6月28日(1868年8月16日) – 昭和26年(1951年)8月10日)は、衆議院議員(立憲国民党→立憲同志会→憲政会)、弁護士。 武蔵国足立郡瓦葺村(現在の埼玉県上尾市)出身。1886年(明治19年)、埼玉県師範学校を卒業し、小学校の校長となった。小学校を辞して東京に出て、1888年(明治21年)から英吉利法律学校(現在の中央大学)と東京英語学校に学んだが、在学中の1891年(明治24年)に弁護士試験に合格し、東京で開業した。1902年(明治35年)、東京弁護士会副会長に選任。 1903年(明治36年)、芝区会議員に選出され、後に区会議長となった。
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